歴代最高のミステリー作家とも呼ばれるアガサ・クリスティの人生を年表形式で分かりやすく解説。
英語の公式的文献を参考にしています。
参考文献
アガサ・クリスティ公式サイト
https://www.agathachristie.com/about-christie
アガサ・クリスティの基本プロフィール
本名/フルネーム |
Agatha Mary Clarissa Miller |
家族 |
父=Frederick Miller 母=クララ 再婚相手=アーチャー(アーチボルト)・クリスティ 一人娘=Rosalind 再婚相手=マックス・マローワン |
国籍 |
イギリス |
性別 |
女性 |
生年 |
1890年9月15日 |
没年 |
1978年1月12日死去 |
代表作 |
そして誰もいなくなった オリエント急行殺人事件 |
アガサ・クリスティの人生/作品年表
西暦 | 出来事 | 作品 |
1890年 |
9月中旬に アメリカ人の父と アイルランド人の母の子として イギリスのデヴォンシャーで誕生 (年上のきょうだい2人) |
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幼少期 |
5歳の頃、一時期フランスで過ごす | |
1901年頃 (11歳の時) |
父のフレデリックを亡くす | |
1905年頃 (15歳の頃) |
イギリス南西部の女学校生活が肌に合わず 母によりパリに連れられ 再びフランス生活を経験 |
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1900年代後半 |
10代後半の頃から既に 短編小説を書くことにのめり込む |
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1912年 |
パーティーで アーチボルト・クリスティ という男性と出会って彼に惹かれる。 (当時、別の婚約者がいた) |
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1914年 第一次大戦勃発 |
この年に第一次大戦が勃発した中、 フィアンセとの婚約を破棄し クリスマスイヴにアーチボルトと結婚 (戦時中は看護師として働いた) *戦時中の体験の中から ポアロの着想を得る |
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1918年 |
第一次大戦が終結 | |
1919年 (29歳ころ) |
8月に長女を出産。 また戦争が終わって精力的に 創作活動を再開した中で 大きな出版な契約を勝ち取る |
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1920 |
ポアロシリーズの第一作 「スタイルズ荘の怪事件」 で作家デビュー |
スタイルズ荘の怪事件 (デビュー作) |
1923年 |
ポアロシリーズ2作目発表 | ゴルフ場殺人事件 (日本タイトル) |
1926年 |
母を亡くしたのち 謎の失踪事件を起こす (10日後に発見される) |
アクロイド殺し |
1927年 |
ポアロに続き 「ミス・マーブル」 という別のキャラが誕生 |
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1928年 |
アーチボルトと離婚 | |
1930年 (40歳) |
かなり年下(当時25歳)の男性 マックス・マローワン (考古学者)と出会って 恋に落ちスピード結婚 |
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1934年 |
ポアロシリーズ 「オリエント急行の殺人」 を発表 |
オリエント急行の殺人 |
1936年 |
ABC殺人事件 | |
1937年 |
ナイルに死す |
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1939年 |
最高傑作とも言われる 「そして誰もいなくなった」 発表。 一方で世界では第二次大戦が勃発。 アガサはイングランド南西部の 病院で働きだした。 |
そして誰もいなくなった |
1940年 |
ロンドンに戻る。 戦時中も執筆活動を継続 |
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1945年 |
長い戦争が終わり安堵。 戦後はかつてよりも 出版ペースが緩やかに。 |
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1971年 | 長年の功績が認められ 大英帝国勲章・DBEを受章 |
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1976年 |
1月に80代半ばで死去 |
作家としての全盛期は1920年代・1930年代。
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